おはなし屋さんの今日のおはなし

おはなし屋さんです。おはなしが生きがいで、お仕事。

僕が好きを仕事にできている理由

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僕は昔から勉強がそこそこできた。

 

 

そんなに胸を張れるほどの成績じゃなかったけれど、やらなくちゃいけないことに対してある程度の努力をすることができるタイプだった。
 


もちろん、「なんで?」と思うことはたくさんあった。
それでも僕は、自分の目的のために努力ができるタイプだった。
だから最低限の努力で自分のテストの点をコントロールしていた。中学生の頃の学年順位は100人中で最高が14位、最低が19位だった。その時の自分の理解力とテストで求められている知識量が幼いながらもなんとなくわかっていた。いま振り返るとそう思う。
 

 


高校生の頃についにそんな僕にも限界がきた。
部活(ハンマー投げ)が楽しいのとしんどいのとで、授業についていけなくなった。ある日居残りで遅れて部活に行くと、先輩に肩を思いっきり殴られた。学年のうちの80%以上が残された意地悪な英単語テストが僕の腕にアザを作った。
 


僕はその日から勉強に対する向き合い方を変えた。
順位をキープする努力より、最低ラインを割らない努力にシフトチェンジした。文武両道を掲げる母校の方針からは逸脱していたから、かなりこってり絞られることもあった。
だけど僕はそこから一度も居残りさせられていない。
 


高校3年の1学期中間テストでは数学Ⅲで7点をとった。
それでも追試にはならなかった。期末テストでは26点だったのにもかかわらず。17歳の僕は内申点の仕組みを徹底的に調べ上げ、数字にならない【評点】という概念を意図的に攻略した結果だ。生徒手帳を読み込むところから僕の追試から逃げて逃げて逃げまくる戦略は始まっていた。
 


僕は僕なりに勉強と向き合ってきた。
だからこそたくさんのことを学校から学べた。
 


今僕は大人になった。あの時学校で学んだことや、勉強と必死に向き合ってきたことで学べたことが沢山ある。
 


赤点を回避するために立てた戦略は、いまの僕のお財布事情に直結している。
 


事業をやっていると、必ずキャッシュアウトという問題にぶち当たる。手元のお金が足りなくなって存続が難しくなることだ。
僕は10ヶ月無収入だったけど、一度も事業を諦めようとは思わなかった。最低限を確保する戦略が立っていたから。売上を上げることよりキャッシュアウトしないことを何より重視した。
 


もちろん、キャッシュアウトが起こり得ないように自分の仕事を選択したことはいうまでもないけれど。
自分の意思以外で事業を閉じなくてもいいようにしたかった。
どれだけお金がない時期でも僕は僕のやりたい仕事をできている。
 


国語の点を取るためにはまず文字を読めなきゃ始まらない、と唯一毎日真面目にやった課題の【毎日新聞100字要約】は、僕に活字と触れ合えるコミュニケーション能力をくれた。
おかげさまでわからないことを図書館で調べられる。どれだけ本を読んでいても苦にならない。
 

 


だからこそ税金関係で困った時、昔の大事な仲間から『裁判を起こすぞ』と弁護士を雇われた時、本当に必要な情報を自分で調べに行くことができた。【キャッシュアウト】なんて僕にしてはイキった表現ができるのも、この【わからないを調べる活字との踊り方】が身についていたおかげだ。
 

 


他にも数えたらきりがないよ。学校は何も教えてくれないっていう大人は多いけど、こんなにたくさんのことを学べた。
僕は僕なりに勉強と向き合えたから、本当によかった。
 

 


僕の仲間が言っていた。
「納得のいかないことはできないタチでね。俺は昔から勉強せんかったんよ。だからいま、一つのことに興味を持ち続けることができん。勉強やっときゃよかった。まぁ、できんかっただけなんやけどな(笑)」
 


多感なあの時期の僕らに
いまの僕みたいな人間が一人でもいれば。
 


勉強が実際の社会でどう生きて行くのか。
自分のやりたいことだったり、成し遂げたいことにどれだけ力になってくれるのか、面白おかしく伝える大人が一人いれば。
 


そりゃ全員は無理だし、どうあがいて勉強嫌いな人っているよ。
勉強が必要ない仕事もきっと沢山ある。
その業界でしか学べないこととか、きっとね。
 


でもさ、ほとんどの人がそうじゃないわけやん。
点数が取れることにあんま意味ってないと思うけど
勉強と向き合うことで大人になって役に立つことって腐る程あるわけやん。
 


僕は教壇に立ちたくて教員免許を取った。
だけどい教壇に立てるようになった時に、僕が何にも社会を知らないことに気づいた。
 


中学生の頃から教壇に立つ大人に対して思ってた。
 


「俺に変われ!」って。
「俺ならもっと面白く喋る!心を揺らせる!」って。
「40人分の50分を俺ならもっといいものにできる!」って。
 

 


そんな生意気な中学生だった僕が
目を輝かせて聞くような授業は22の僕にはできないと思った。
 


紆余曲折あって、僕はアスリートとして就職し、24歳で競技から離れて、上京して個人事業主を始めた。
 


普通に生きていたら絶対できない経験をそこそこ沢山した。
お金についても、仕事についても、法律についても。
沢山痛い目を見てその度に勉強した。
 

 


いまの僕なら、あの時の僕をワクワクさせられる。
最近ふとそう思った。
 


『生き方の授業がしたい』
それがいまの僕のやりたいことだ。
 


「勉強に興味を持てない」
それは子供というより、大人の責任じゃないか。
 


「なぜ勉強しなくてはいけないか」
この使い古された質問に、情熱的になおかつ具体的に。

中学の3年間の。高校の3年間の。大学の4年間の。
たった1時間でいい。

それを説明できるだけの経験と
それを伝えるための言葉を持った大人が
子供たちの心を踊らせるだけで。
興味のタネを植えて、その育て方を見せるだけで。

 

 

 
何人の子供が、自分の人生をデザインできるようになるだろう。

何人の子供が、大人になって自分の頭で人生を切り開けるようになるだろう。

僕はそんな仕事がしたい。
僕はそんな授業がしたい。
 
 
まさかここにきて、教育のことをこんなに考えるようになるとは思わなかった。
だって感じるんだもん。
勉強に興味を持てなかっただけで、自分の道を切り開く方法がわからなくなっている人の多さを。
 

 


それは頭の出来が悪いんじゃないんだ。
興味を持たざるを得ないような顔を見せてくれる大人が
たった一人、足りなかっただけなんよ。
 

 


僕はそんな事を伝える仕事がしたいのです。
 
 
 
長々と思うがままに文章を書きました。
誰か力を貸してください。笑
僕は職人気質なので、プランニングが苦手なのです。笑
ご連絡いただけると嬉しいです。

 

 

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僕を面白がって使ってくれる人に出会いたいから。お願いします。

おはなし屋 倉田直人

 

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