いつか必ず死ぬことを忘れるな 死から組み立てる本当の自分らしさとは

メンタルコーチをやっていますなおちゃんです。「自分らしく生きる」を結構本気で考えています。「らしく」って結構簡単にみんな言うけど、本当に追及してみると難しいから、それをお仕事にさせてもらってます。関わってくれた人が本気で「らしく」生きていけるように願って・・・ LINE@はこちら。『@oes4417q』 

個人で生きていく不安

個人で飯を食う事の不安について
 

「個人で飯を食っていけるか
不安です」
 
僕がメンタルコーチとして
関わらせてもらっている子から
こんな相談を受けました。
 
確かに個人でお金を稼いで
自分で飯を食う、というのは
 
大変厳しい事だと思います。
 
今日お金を稼げても
明日稼げるという保証はありません。
 
そもそも、僕たちは人間ですから
お腹がすきます。
それは動物である以上
変える事の出来ない事実です。
 
お腹を満たすためには
狩りをしなくてはいけません。
 
マンモスを狩らないと
飢えて死んでしまうのです。
 
今日マンモスが狩れても
明日確実にマンモスが獲れるかどうかは
誰も保証できません。 
 
ですからマンモスを狩る男たちは
常に不安になっていたはずです。
 
「明日はちゃんと狩れるだろうか・・・」と。
 
この不安は
マンモスを狩ろうとしているから起きるもので
 
マンモスを狩ることを考えずに
ただ口を開けて待っている人には
この不安は生じません。
生じるのは「腹減ったっつってんだろ!」という不満です。
 
不安なうちはちゃんと前を向けているのです。
 
明日の狩りの事を考える事が
できているのです。
 
その不安を解消することは
できません。
 
「やめとけよ、会社員と違って安定しないぞ」
と僕も事業を立てる時に沢山言われましたが
 
 
僕はそもそもその言葉自体が
本当に愚かだと思います。
 
会社、というのも
誰かが作った狩りの集団で
 
直接狩りをしない人も何かの役割を当てられ
狩りのサポートをすることで
飯を食えるという組織だと僕は思っています。
 
と、いう事は
「明日は本当に狩れるのかな?」という
狩りをする上での不安は
 
狩りをしている組織である以上は
誰かが負っている事になるのです。
 
会社が安定、なのではなく
会社という組織は
「明日の狩りができるのかどうか」という不安を
誰かが肩代わりしているだけに過ぎないのです。
 
100人の企業で
99人の従業員が
「この会社は安定だ!」と思っていたとしたら
 
その会社の社長は
99人分の不安を
たった一人で抱えている事になります。
 
ある講演会で起業家の方が登壇していて
その人がこう言っていました。
 
「企業をして仲間が増えて
その仲間が結婚して子供を授かった。
この子を守るためにも、自分が頑張らないといけないなと
身が引き締まる思いで仕事をしている。」
 
その時はまだ僕も独立しているとは言えない状態だったので
あまり意味は分かりませんでしたが
 
今実際に仲間を作って
一緒に事業をやっていこうとしている状態で
 
その時の言葉が凄く胸に響きます。
 

要するに何が言いたいかっていうと
1人で飯を食っていけるかどうか不安、だなんて
僕たちが人間で、狩らないと餓える以上
当然です。
 
その不安は一生ついてくるもので
もしその不安がない人がいるとしたら
 
それは誰かが肩代わりしてくれているだけで。
 
肩代わりしてくれる人の存在にも気が付かずに
「安定以外の道なんて考えられない!」なんて言うのは
ちょっとズレてんじゃないかい、と思うのです。
 
感謝しましょうよ。
あなたの分の不安も抱えて
戦ってくれている人がいるのだから。
 
そして自分が負うべき不安に
自分で立ち向かおうとしている人がいるのならば

 
それは僕個人の意見ですが
素晴らしい事だと思うのです。
 
不安だからって
怖気づいてやりたいことを諦める必要なんてない。
 
自分の不安と向き合う事を恐れる必要なんてない。
それはこの世に生を受けた以上は
絶対に負わなくてはいけないモノなのだから。
 
 
長くなりましたが
不安でオッケーなんじゃね?ってのが
僕の意見ですってのが伝えたかった事です。
 
 
 

忘れるな、僕たちは動物で、
狩らないと餓えて死ぬんだぞ。