いつか必ず死ぬことを忘れるな 死から組み立てる本当の自分らしさとは

メンタルコーチをやっていますなおちゃんです。「自分らしく生きる」を結構本気で考えています。「らしく」って結構簡単にみんな言うけど、本当に追及してみると難しいから、それをお仕事にさせてもらってます。関わってくれた人が本気で「らしく」生きていけるように願って・・・ LINE@はこちら。『@oes4417q』 

死について考えた、ちょっと昔のなおちゃんのハナシ

4/8日、東京に上京する一週間前に

フェイスブックに投降した

ちょっとしたなおちゃんの自己紹介です。

 

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こんにちは。
倉田です。
 
僕はずっと
死について考えています。
 
生きていると
様々な壁にぶつかります。
 
僕はスポーツ選手として
実業団で選手をしていました。
 
僕はそのスポーツが大好きで大好きで
恩師の支えもあって
スポーツを支援をしてくれる会社に入りました。
 
 
企業も慈善事業ではありませんから
当然結果を求められます。
 
「オリンピックに出ます!」
 
周りはそれを期待していたし
僕自身叶えたい夢でもあったので
誰かと会うたびにそう言って自分を奮い立たせていました。
 
大好きなスポーツをしているはずなのに
それを応援してくれている人に囲まれているはずなのに
 
僕のパフォーマンスは
下がっていく一方でした。
 
僕はもともと本番に弱く
勝てて当然の試合で自分の力が出せず
優勝候補で予選落ち、ということを
繰り返すような選手だったのですが
 
その弱い面がなおさら際立って
いよいよ試合に勝てなくなりました。
 
僕は自分自身が何をしたいのかが
わからなくなって
 
それでも弱いところを周りに見せないようにして
 
生きた心地がしない日々が続きました。
 
「勝てばすべてが報われるんだ」
 
そう信じて毎日毎日
長い時は朝九時から夜九時までずっと一人で
ひたすら鍛錬を続けていました。
 
社会人1年目の夏
やっと目標にしていた記録を越える事ができました。
その後の実業団選手権でも
そこそこの結果が残せました。
 
ですがなぜか報われた気はしませんでした。
 
厳しい鍛錬期の冬を越え
春が来ました。社会人2年目のシーズンが始まりました。
 
春が来て万全の準備をして
試合に臨むと、また優勝を狙える試合で
ベスト8にも入れず、予選落ちをしました。
 
僕は悔しさを通り越して
自分がますますわからなくなりました。
 
ますます周りからは圧がかかりました。
 
それも当然だと思います。
僕の結果が悪いと、周りに迷惑が掛かってしまいます。
会社員と言っても、プロですから。
当然の事です。
 
いつしか僕には誰の声も届かなくなって
果てのない暗闇をあてもなくもがくような
そんな日々が続きました。
 
日本で一番大きな試合で
社会人2年目のシーズンでは一番いい記録を出しました。
ですが、その大会が史上最もハイレベルな競り合いになり
僕は予選落ちしました。
 
僕は満足いく記録を出せたのに
全く歯が立たない自分に絶望しました。
 
「いい試合、できたじゃん」と
自分を慰めるのが本当に虚しくなりました。
 
そこで僕は自分について考えるようになりました。
 
僕は本当は何がしたかったのだろう?
企業の名前を背負って、誰かの期待を全部抱え込んでまで
スポーツを続けることを望んでいたら
 
どうして僕はこんなに苦しいのだろう?
 
周りの人はみんな僕に
「惜しかったね、次は頑張れ」と
励ましてくれるじゃないか。
 
「やっと良くなってきたな」と
ほめてもらえるようになったじゃないか。
 
なのに僕はもう
「次は絶対に勝ちます!」と
言えなくなっていました。
 
その後も競技を続けました。
自分が笑える形って何なんだろう、そう問い続けて
毎日毎日グラウンドに向かいました。
 
自分の事を少しだけ考えられるようになり
頭も使いだして
 
少しだけ、ほんの少しだけ
充実したトレーニングができるようになってきました。
 

ですがその感じ始めた充実感とは裏腹に 
一時は上がったように見えた記録も
また右肩下がりを始め
 
秋にはもう
3年前に出した記録さえ出せなくなっていました。
 
応援してくれていた周りの熱も
呆れに変わり、冷めていき
「あいつはワケがわからない、結果も出せないくせに」と
ささやき始めました。
 
僕はいよいよ自分の居場所がなくなっていきました。
 
僕はその時初めて感じました。
「僕はここにいるべき人間じゃないんだ」と。
 
そこから僕は大好きだった競技をやめ
逃げ出すような形で現場を去りました。
 
自分が無理をしてここにいる事で
周りの人たちがため息をつく姿を
もう見たくなかったのです。
 
それでも僕は自分の思ったように
自分のやりたいことをやりたかった。
 
「居場所がないなら、つくろう。
大事な人がみーんな笑って過ごせるような。」
 
そんな思いで事業を始め
なんとか今はそれでご飯を食べられるようになりました。
大事な人がため息をつかずとも
自分が笑えるようになりました。少しずつですが。
 
冒頭にも書きましたが
僕は常に死ぬことについて考えています。
 
それは、僕たちは生き物で
生きる中で唯一確定している事は
死ぬことだからです。 
 
その死は、いつ訪れるか
誰にもわからないからです。
 
明日来るかもしれないのです。
このコメダ珈琲で記事を書いている1時間後に
その時が訪れるかもしれないのです。
 
だったら誰かが苦しんで、誰かがため息をついて
自分ももがいているような場所に1秒でもいると
 
その瞬間に何かが起きて人生が終わってしまうと
死んでも死にきれないのです。
 
だったら僕は、全部叶えたい。
誰かがため息をつくことで自分が笑えるなんて
僕はいやだ。
 
僕に関わってくれた人が
みんな笑顔になって
 
「倉田と出会えてよかった」
 
そう言ってくれるような
 
「あなたと一緒に生きられてよかった」
 
そう言ってもらえるような
 
「お前がいたから楽しかった」
 
死ぬ間際でさえそう言い残してもらえるような
 
 
そんな人間でいたいのです。
 
そのためにはまず、僕から
「楽しくて仕方がない、生きててよかった」
そう感じ続ける事から始めなくてはいけないと
思っています。
 
地元福岡で、1か月半充電しました。
大切な人とも大切な時間を過ごせました。
 
一生の仲間を連れて
人生かけて4月17日、また東京に戻ります。
 
「後悔のない人生を送りたい」
 
そう思っているのなら、本気でかかってきて下さい。
本気でお相手、致しましょう。
 
 
 
長い文章でしたが
お付き合いいただきありがとうございました。
 
ライフカウンセラー 倉田直人