おはなし屋さんの今日のおはなし

おはなし屋さんです。おはなしが生きがいで、お仕事。

頑張るな、工夫しろ。

 

頑張らないとできないことは

頑張らなくなったらできなくなる。

 

 

頑張れない自分を責めている人は

頑張らないとできない程度の能力しかない

しょーもない自分を認めていない。

 

 

頑張ればできる自分 は

頑張らないとできない自分 とひとセット。

 

 

頑張らないとできない自分が

『頑張らない』を選んだから

できなかっただけなのに

 

 

それを『頑張れなかった』なんて

言い方したりする。

 

 

『頑張らなかった』だけなのに。

 

 

綺麗に見せようとする。

 

 

なんか他の人や出来事に自分が感化されて『仕方なく』できなかったみたいな雰囲気を出す。

 

 

 

もったいない。

 

 

頑張らないとできない自分 だからこそ

無理なくできる方法にたどり着けるのに。

 

 

うまくいかなかったことを

頑張りのせいにしちゃダメだよ。

 

 

頑張った頑張れなかったで物事を語ると

その先に全く進めなくなるから。

 

 

どうやったら無理なくやれるか。

どうやったらうまくやれるか。

 

 

 

『頑張る』じゃなくて

『工夫』をしたらいいんだ。

 

 

ラソンでタイムを縮めるためには

自分に合った靴を選ぶのも

練習のうちだよね。

 

 

「練習以外で速くなるのはルール違反だ!」

とはならないよね。

 

 

1番頑張った人じゃなくて

1番速かったひとがチャンピオンだよね。

 

 

1番速かった人は多分

1番速さについて考えてる人だと思う。

 

 

 

頑張ってもいいことないよ。

 

 

「頑張ってるね!」は人がかけてくれる言葉で

人に言わせる言葉じゃないよ。

 

 

工夫しよう。

どうやったら今のままうまくいくか

考えよう。

 

 

「甘い」とか「もっと頑張れ」とか

そんな無責任な言葉は聞き流そう。

 

 

大切なことは

次どうするかを

『もっと頑張る』意外で語ることだよ。

 

 

工夫したら意外となんでも

簡単にうまくいくもんだから。

 

 

 

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いいツールを見つけました

今度から使ってセッションしてみよ。

 

 

 

 

高収入なのに貧乏って一番虚しくない?

何でもかんでも

増やせばいいってもんじゃない。

 

 

給料が高い会社に就職すると

高い給料の生活レベルの人と

一緒に仕事をするようになるから

必然的に生活レベルが上がる。

 

 

みんなが買うから車を買って。みんながいくから飲み会に行って。みんなが目指すからローンを組んで家を買って。

 

 

一般的な会社員だと、収入の増加よりも支出の増加の方が圧倒的に早いそうで。

 

 

手元に残るお金はいくらだろう。

そこまでほしくもない豊かなものに囲まれて

本当の豊かさはどこにあるのだろう。

 

 

そして人よりも高い給料をもらっている人は

人よりも多くの請求書を払っていく。

そのためにはもっと高い給料を貰わないと。

 

 

本当に豊かな生活ってなんだろう。

 

 

お金ひとつ取っても

収入を増やしたい人はたくさんいるのに

 

本当に豊かな生活ってなんだ?と

自分に問いかける人は少ない。

 

 

 

 

有り余るお金があること?

そんなの無理だよ。

お金はいくらあっても足りないもん。

 

 

好きなものを好きな時に買えること?

 

だったら収入を増やすより

好きでもないものにかけているお金を

減らす方が簡単だよね。

 

 

お金に困らない生活ができること?

 

支払いに追われている

高所得サラリーマンって

結構な数いるらしいね。

それってお金に困ってるよね。

 

だったらなおさら

出ていくお金を考えたほうがいいよね。

 

 

お金に限らず何事も

増やすって労力がかかるし

運やタイミング、巡り合わせも

大きく関わってくる。

 

 

でも減らすことは

いつでも、どのタイミングでもできるし

ちょっと考えることが必要だけど

自分次第だから運も必要ない。

 

 

本当に豊かになろうと思ったら

自分にとっていらないものを減らすことから

はじめよう。

 

 

 

お金を例に挙げるなら

まず支出を減らそう。

 

 

固定費を減らして身軽になろう。

携帯、光熱費を見直して契約を変えてみよう。

格安SIMだとか、今はいろいろあるよ。

 

『みんな通る道だから』で大きい買い物をするのをやめよう。(車、家、保険など)

 

誰かと一緒に住もう。

相手がいないなら実家に住もう。

(賃料が一番どうにでもなる)

 

必要のないものを徹底的に排除しよう。

家にある必要のないものはメルカリで売ろう。

 

 

確定申告なんかで戻ってくる税金がないか調べてみよう。

 

 

 

 

あくまでお金の場合はだけど

こうするだけで自分が生きていくコストが

大幅に減る。

 

 

生活コストが減ると

自由に使えるお金が増える。

 

そのお金を豊かに使ってもいいし

先を見据えて投資をやってみてもいい。

 

 

そのお金を稼ぐはずの時間を

仕事に使わずに

大好きなことに使ってもいい。

 

 

収入を増やすことを考えるのは

ここまで考えた後でいいと思うんです。

 

 

今日はあくまでお金を例に出したけど

お金だけじゃなくて

他のこともそう。

 

 

増やすより減らすこと。

手に入れることより手放すこと。

 

 

豊かに生きていくためには

何を得るより何を捨てるか。

 

 

頭を使わないと

永遠に豊かさはやってこないんだよ。

 

 

人1人が豊かになるくらい

別に何も成し遂げなくたって

簡単にできるから。

 

 

 

 

何を捨てて生きていく?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はバイクでおでかけ

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ハンマーを投げてきました

 

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好きなことやれ!って言った手前

僕がやらないとカッコつかないもんね。

 

 

よく日焼けした楽しい1日でした!

 

 

おわり

 

今幸せになれ

 

何を最優先にするのかを

明確にしていく生き方が

後悔のない人生を作る。

 

 

目の前の困りごとを

必死で解決しても

次の困りごとは必ずやってくる。

 

 

困りごとを解決できたら

幸せになれると信じて頑張っても

 

 

結局課題は形を変えて

また自分に降りかかってくる。

 

 

今の自分だって

十分幸せを感じられるはずなのに

幸せを後回しにして

課題を必死に解決しようとする。

 

 

幸せを後回しにしてはいけない。

今の自分が感じられる幸せを

大切にできないと

未来もきっとまた幸せを後回しにする。

 

 

僕たちは日本に生まれている以上

人類の中ではきっと恵まれている。

でも幸せを感じられない。

 

 

それは驕りでもなんでもなくて

幸せは比較じゃ手に入らないから。

 

 

比較で手に入れた幸せは

比較で手からすり抜けていく。

 

 

だからこそ、今幸せになる。

今楽しめることをめいいっぱい楽しむ。

 

 

独身なら独身で

家族がいるならその家族で

仲間がいるならその仲間と

1人なら1人でできる範囲で

 

 

今すぐ、小さく、幸せになろう。

 

 

『こうすれば将来きっと幸せ』

そうやって頑張ってきて

いざその将来が現実になったとしても

 

 

その瞬間は『今』になる。

『今』を楽しめない人は

その時もきっと幸せを後回しにする。

 

 

 

 

キリがないよ。

いつ幸せになるの。

 

 

条件付きの幸せは

条件によって離れていく。

 

 

 

 

夢のマイホームだって

何年か経ったらもうただの住居だよ。

 

 

四畳半に住んでも幸せな人が

マイホームに住んだらもっと幸せになれる。

 

 

 

 

収入を増やして

支出も増えて

もっと働かないといけないのって

それって豊かなのかしら。

 

 

 

大事なのは今。

今幸せになろう。

 

 

不足してていい。

でもゼロじゃないでしょ。

今、今だよ。

 

 

 

幸せな人は

パフォーマンスが高いから

またたくさんの幸せを掴めるんだ。

 

 

 

ストイックよりもラフに行こ。

悲観的より楽観的で行こ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日はおはなし会でした!

ワークで考えだした自分の思考を

人に話すのって楽しいね。

 

 

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たまにはちゃんとした資料も作ります

 

 

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次回9/10はグループセッションやります

詳細は

http://bit.ly/2KsfKZJ

 

 

 

 

幸せにお金はいらんよ

 

『自由になるためには

ある程度のお金が必要で

 

それを生み出すためには

この〇〇という画期的なビジネスに

〜万円で参加して

 

知り合いやお友達を同じように勧誘して

売り上げを立ててね

 

何人か集まったら

君に不労所得が入るよ』

 

 

今の時代はこの理屈をこねられると

感化されちゃう若者が都会には一定数いて

 

そういう場所で

頭の良さそうな横文字を

たくさん習って

 

習った言葉をたくさん使って

ドン引きされて孤立していく

 

孤立していくから

もちろん勧誘もうまくいかず

 

「身内はもうダメだから

SNSでカモ探すか。。。!」ってなって

 

FacebookとかTwitterとかで

バンバンメッセージ送ってくる

意識高い系学生みたいな感じになる。

 

 

 

 

 

感化される若者が多いから

この手のビジネスは無くならない。

 

手を替え品を替え

本質は同じことを繰り返していく。

 

『俺がお前を誘ったようにお前も誰かを誘ってみな』モデルのお話は多分今後もなくならない。

 

 

それはきっと

自分の頭で考えることを忘れてしまって

人に自分の幸せを誰かに任せたい気持ちの

裏返しなんじゃないかと思う。

 

 

このご時世は本当に多様性にあふれている。

選択肢も多い。

 

メディアは『この国の未来は暗い!』と

騒ぎ立てる。

 

親世代と違って若者は好景気を知らない。

だから国にも経済にも大人にも期待しない。

 

 

 

 

でも心のどこかでは期待したい。

自分に明るい未来を示して欲しい。

 

 

 

そんな気持ちが

若者の心の奥で

育てば育つほど

 

 

その需要を具現化するような

『おいしいハナシ』は生まれてくるのです。

 

 

別に自分が稼いだお金を

何に使おうが構わない。

 

 

だけど幸せはお金じゃ買えないよ。

幸せはビジネスじゃ買えないよ。

 

 

幸せは自分で作れるものだよ。

自分で作っていいもんなんだよ。

人に認めてもらう必要もないんだよ。

 

 

悶々とした気持ちを晴らすには

一つ一つ自分と対話していくしかない。

 

 

まず幸せの定義を決めよう。

 

 

幸せに逆転満塁ホームランはないよ。

不幸なお金持ちもいるよ。

 

 

幸せな人がお金を持ったりビジネスを持ったりするから幸せなんであって

 

不幸な人がお金を稼いでも

ビジネスを持っても

 

それはただの

『お金を持ってる不幸な人』

だよ。

 

 

まずはちいさく1人で幸せになろう。

自分が幸せに感じることを

誰になんと言われてもやろう。

 

 

これだけで人は幸せになれるんだよ。

 

 

 

 

好きを仕事にしなくても別に幸せにはなれる

 

【好き】を仕事にしても

うまくいかない。

 

【好き】は育てないと

仕事にならない。

 

【好き】を【好き】なまま仕事にするには。

 

 

 


好きな事を仕事にするとかしないとか。

自由な生き方がどうのこうのとか。

選べる時代だからこそ悩んでいる人も多い。

 

【好き】を仕事にしている人が目立ってくると

自分も【好き】を仕事にできるんじゃないか?と

思う人は当然増える。

 


 

そこまではいいんだけど

 

 


「【好き】じゃない事を仕事にしている自分は

損をしているんじゃないか?」

 

「幸せになるためには【好き】を仕事にしないといけないんじゃないか?」

 

 

 

と思い込んでしまうケースも

結構多い印象がある。

 

 

 

自分の好きな事を仕事にしている人が

目立てば目立つほど

「あんな風になることが幸せなんだ!」と

無意識のうちに思ってしまう。

 

 

【好き】に【仕事にする】を

無理やり取り付けたところで

それは【好き】と呼べるのだろうか?

 

【好き】を仕事にして

【好き】が【めんどくさい】になって

【めんどくさい】が【嫌い】になって

 

【好きを仕事にする】ことで

【不幸になった】人をそこそこの数知ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

【好き】は自分が喜ぶこと。

【仕事】は相手が喜ぶこと。

 

 

【好き】で自分を喜ばせれば

喜ばせるほど

【好き】をもっと味わいたくなる。

【好き】にドンドンはまっていく。

 

【好き】は育てれば育てるほど

ドンドン大きくなる。

 

一定以上大きくなると

【好き】は自分を変えて人を巻き込みだす。

自分の【好き】が人を喜ばせる瞬間がくる。

 

 

【好き】がここまで育てば

【好き】は仕事になる。

 

 

漫画が好きなら

死ぬほど漫画を読めばいい。

 

漫画を描きたくなる人も

もっと読みたくなる人も

コレクションしたくなる人も

人に話したくなる人も

 

みんなそれぞれでいい。

それぞれの楽しみ方でどっぷりハマればいい。

 

 

そうするとそれが仕事になる瞬間が来る。

 

 

ハマりきれなかった人は

次の面白そうなものを探せばいい。

 

 

漫画が好きだからって

漫画家になる必要ない。

(なりたい人はなればいい!)

 

 

【好き】を育てないで

いきなり仕事にしようとするから

面白くなくなっちゃう。

 

 

そもそも【好き】は自分を喜ばせるもの。

【仕事】とは違う。

 

だから【好き】は育てないと

【仕事】にらならない。

 

【仕事】にならないと満足できないもの

それはもう【好き】ではない。

 

 

 

 

だから

【好き】を育てよう。

 

いきなり【好き】を【仕事】に

なんて考えなくていい。

 

 

本が好きなら本を読もう。

読んで終わりでいいんだよ。本を読むことが好きなんだから。沢山読んでどっぷり浸かって、行動したくなった時に動けばいいよ。

 

 

ゲームが好きならゲームやろう。

人気の配信者になんてならなくていいよ。

そんなの人に見せたくなった時にやればいいよ。

 

 

文章かくのが好きなら文章書こう。

売れる文章とか目を引くようなストーリーとか考えなくていいよ。

自分が一番心踊る書き方で1人で楽しめばいいよ。人に見せるのはその後でいいんだから。

 

 

踊ろう。食べよう。旅しよう。

1円にもならなくていーじゃん。

【好き】は自分を喜ばせることなんだから。

 

 

自分の機嫌を自分で取れない人に

人を喜ばせることなんて

ましてやお金をもらって【仕事】にすることなんて

無理無理。

 

 

【好き】を育てること。

 

その先に、ひょっとしたら

【好き】が【仕事】に育つ未来が

待っているのかもしれませんね。

 

 

仕事になんてしなくていいから

とにかく好きな事をやろう。

 

 

やっては飽き、やっては飽きを繰り返せたなら

それだけで幸せな人生だと思いませんか。

 

 

 

【好き】は【好き】で育てましょう。

そんなおはなしでした。

 

 

結果は麻薬。

自分のやりたいようにやると
いつの間にか結果が出ていた。
 
好きなことを好きなようにやっていると
いつの間にか喜んでくれる人がいた。
 
自分が夢中になれることをやっていると
いつの間にか人に認められるようになっていた。
 
自分は好きなことをやっているだけなのに
結果が出るなんて嬉しい。
 
自分は好きなようにやっているだけなのに
人が喜んでくれるなんて嬉しい。
 
自分はただ夢中になっているだけなのに
人に認められて幸せな気持ちになった。
 
「次も期待しているぞ!」ともてはやされた。
「あなたのおかげよ!ありがとう!」とお金をもらえた。
「この待遇を提供しよう!」と環境をもらえた。
 
「みんなの期待に応えたい!
こんなに応援してもらっている!」
 
あれ?思うように結果が出ない。
あれれ?できていたはずの事ができない。
 

「こんなに応援してもらっているのに。」

「こんなに期待してもらっているのに。」
 
自分には何が足りないんだろう。
自分には何が不足しているんだろう。
 
もっと頑張らないと。
もっと一生懸命やらないと。
 
「期待していたのに」
「君にはがっかりだ」
 
周りの人と目を合わせられない。
結果が欲しい。あの時の賞賛が欲しい。
今の自分には価値がないんだ。もう一度返り咲くんだ。
 
結果だ。結果が欲しい。
自分の価値を感じられるような、人が頷くような結果が・・・
 
 
続きは→https://coachnao.com/kekkahamayaku

(やっと新しいブログができました・・・
ブックマークよろしくお願いします・・・・!)

【自分の物語を小説化】自分に自信がない人にやって欲しい絶望ワーク

今日は、自分に自信がなくて悩んでいる人に

やって見て欲しい『絶望ワーク』というものをご紹介します。

 

 

こんな人にやって見て欲しい!

 

・自分に自信がなくて困った事がある

・一定の距離感以上に人が近づいてくると遠ざけてしまう

・自信がなさすぎて人とうまく話せない

・自分の一生懸命やっていることに自信が持てない

・卑屈になって自分を下げてしまう

・ネガティブで人とうまくはなせない

 

ワークをするとこうなります

 

・ちょっとだけ人との距離感が近くなる

・ちょっとだけ人とコミュニケーションが取りやすくなる

・ちょっとだけ自分に自信が持てる

・ちょっとだけ自分の話ができるようになる

 

 

※30分程度で自信がなかった人が

自信満々な人生を送れるようになったりしません!

あくまでちょっとだけ、きっかけができるだけです!

 

それでも、そのちょっとが大きな一歩になると思うから。

もし自分の悩みが少しでも当てはまるのなら、やってみてください。

 

 

絶望と自信ってどういう関係なの?

このワークの意味って何?という方は

こちらの記事をご覧ください!

 

 

naoto1619.hatenablog.com

 

 

絶望ワーク

 

①自分のトラウマや恥ずかしい過去

とても人には話せないような失敗

後悔していること、嫌な思い出を1つ、書き出す

 

②その思い出を見つめ返してみて

ちょっとしたショートストーリーを作ってみる

(小説家になったつもりで、思いっきり書いて見ましょう!)

 

③その小話を読み返してみたり、人に読んでもらってみる

(人に話してみたり、自分で読んで録音して声に出すのも効果的!)

 

 

〜絶望ワーク例〜

※僕の実話です(話はリアルだけど内容はあくまで例です)

 

①中学生の頃、自分の水筒に鉛筆がたくさん入れられた事があった。

嫌がらせにしてはひどすぎるので学年集会が開かれて

出てきたのがそこそこ仲のいいと当時僕は思っていた友達3人だった。

その件から人を信じる事ができなくなった

 

 

②中学生の時のある日の昼休み水筒(ボトルタイプ)でお茶を飲むと

中から変な音がして異物を飲み込んだような感覚がして、吐いた。

口から出てきたのは鉛筆の芯で、中身を開けると尖った鉛筆が8本入っていた。

口をゆすぎながら、ただ事じゃないぞと思った。

鉛筆の尖り具合も尋常じゃなかったので、よっぽど僕は恨まれているのかと

自分の行いを反省しそうになったくらいだった。

 

「お前いじめられとるんか?」

そう先生に言われたけど、僕は当時からうるさいやつでヤンキーに目をつけられてシメられたりしていたので、心当たりは結構あった。

けどいじめられてるか?と言われると怯えてはいたものの

「そういうのとは違うけどな・・・」と思っていた。

 

その日の夕方、流石にこれは行き過ぎだろうと学年集会が開かれて

後日犯人が自首してきた。小学校から顔なじみの3人だった。

親友とまではいかないものの、そこそこつるんでいたバスケ部のメンツだった。

 

ものすっごいショックだった。「嘘やん・・・」と思った。

だってそういう事するやつらじゃないと思ってたし、確かに元気でやんちゃがすぎる事もあったけども、人を傷つける事はしないと思っていた。

しかもその相手がよりによって僕ですか?頭がぐるぐるした。

 

この件に関しては、僕がどれだけヤンキーにシメられようが

「やられたんならやり返さんかい!」となんの助けもくれなかったスパルタな親父が

とんでもなくブチギレていた。

 

親父いわく

「鉛筆が喉に刺さったりしたらガキの喧嘩どころの騒ぎじゃないから」だそうだった。

 

僕は親父にぶちのめされながらすくすくと育ってきたけれど、僕以外の人に、しかも家まで謝りに来た学年主任と担任の先生の、いわゆる大人2人に対して、びっくりするぐらいブチギレていた。僕はそれをみて、「結構取り返しのつかない事になりそうやったんやなぁ・・・」と他人事のように思った。

 

親父の怒りは収まらず、「あんたらが頭下げてどうするんだ!やった本人達連れてこんかい!」と結構おおごとになった。後日僕の水筒に尖った鉛筆を8本もぶち込んだ少年が3人、別々に謝りに来た。人間は自分の想定を一度でも超えると、現実味というものがスッポーン!と何処かに飛んで行ってしまうらしい。僕はまるでドラマの再放送をボケーっと見ているかのようだった。

 

結局この騒動は表面上犯人達の親同伴の謝罪で事が済んだが、実は後日談がある。

この事件には黒幕がいたらしい。

 

少々やんちゃが過ぎても人を傷つけることはしない、僕の家でこうべを垂れた彼らが、僕の水筒に尖った鉛筆をぶち込むという度が過ぎたいたずらを決行したかというと、焚きつけた黒幕がいたからだったのだ。

 

そいつはヤンキーグループの端っこにいるやつで、ヤンキー達にはへこへこいい顔をしながら、僕ら平民に対しては偉そうな態度を取る、いわゆる金魚の糞的なイキリヤンキーだったのだ。(当時の僕の中学はヤンキーが暴力で支配する世紀末な勢力図がなぜか成り立っていた)

 

そんな彼はうるさい僕が気に入らなかったらしく、純粋な彼らを焚きつけて、僕に嫌がらせをしたらしい。その現場を偶然見ていた別の友達が、あとでこっそり教えてくれた。黒幕野郎は曲がりなりにもヤンキーなので、実際に実行組の犯行がバレた後も、実行組は報復を恐れて黒幕の名前を出さなかったそうなのだ。

 

もちろん黒幕が判明したところでこの話の先は何もない。

黒幕を問い詰めることもなく、実行犯の3人とも記憶が新しいうちはギクシャクしたもののそのうち忘れて普通に話す程度には関係は修復した。

結局黒幕イキリヤンキーは何もお咎めなく、この件は終わった。

 

僕がこの件から得るべき教訓は

『人の悪意は起こった出来事だけでは予測できない』

ということなのだろうが、今こうやって振り返ってみるまでは

『人の飲み物にいたずらしちゃダメ』程度のものでしかなかったようだ。

絶望の思い出、ということで書き始めた文章だったが、書いてみると意外とそんなことなかったりする。人の記憶と感情は、曖昧なものだ。

 

おわり

 

 

 

結構思い出しても嫌な気持ちになる出来事だったんですが

書いているうちになんだか手が止まらなくなっちゃって

長々と書いてしまいました。

 

いざ書いて見て読み返すと、書く前と書いた後では

このエピソードに対する感じ方が全然違うんですよね。

 

ぜひ、やって見てほしいなと!

やって見て、もしよかったら僕にも見せてほしいです。

見せてくれた人には、このワークでの気づきをさらに深められるような

オンラインコーチングをさせていただきます!

 

おはなし屋のラインまで

ご連絡くださいー!

 

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このくらい強そうな見た目だったら鉛筆も入ってなかったのかな

 

 

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